内田篤人の引退理由はやはり怪我?内容や原因を調べてみた

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元日本代表のDF内田篤人さんが現役引退すると発表しましたね。8月23日のG大阪戦がラストマッチとなるようです。引退の理由ははっきりと公表されていませんが、たびかさなる怪我でここ数年は本来のパフォーマンスを取り戻せていませんでした。内田篤人選手を引退に追い込んだ怪我の内容や原因をご紹介します。

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内田篤人を悩ませた怪我の歴史と内容

小さな怪我を度々繰り返していた内田選手の怪我の歴史を振り返ってみました。

2014年(シャルケ時代)
ハノーファー戦で怪我  右の太ももの肉離れと診断もその後右膝裏の腱の損傷が判明、右膝蓋腱炎(しつがいけんえん)全治3か月の診断

右膝の腱を損傷している状態ではありながらもブラジルW杯へ出場

2015年(シャルケ時代)
右膝蓋腱が炎症を起こしていることが診断の結果明らかとなり、6月に右膝の怪我の手術を日本で受けました。

2017年(ドイツ2部のウニオンベルリン時代)
ウニオンベルリンでは左太ももの肉離れなどがあり戦線を離脱

やはり無理を押して膝を庇いながら出場したW杯が選手生命を縮めたことは否めないかもしれませんね。

右膝蓋腱炎(しつがいけんえん)とは

長期離脱の原因のとなった右膝蓋腱炎(しつがいけんえん)とはどんな怪我なんでしょうか。

バレーボール、バスケットボールなどのスポーツでジャンプ・ダッシュ・ターンをすることが多い方に良くみられるオーバーユース障害の一つで、膝蓋骨(膝のお皿)の下あたりに痛みが出るのが特徴です。
膝蓋腱は、膝蓋骨と脛骨(すねの骨)をつないでいる腱で、大腿四頭筋(太もも前面の筋肉)と連動して膝の屈曲伸展(曲げ伸ばし)に大きく関係しています。このため、スポーツなどで膝への激しい負荷が過度に繰り返されると、腱に炎症や微細な損傷が起こって発症します。症状が進行すると、スポーツ活動や日常生活にも支障をきたしたり、慢性化して長期間痛みに悩まされることもあります。

内田選手の場合は、膝蓋靭帯を損傷してしまった事だけでなく、膝蓋靭帯が切れた後に骨化するという特殊な症例であったことも災いしたようです。膝蓋靭帯の骨化の原因は、激しい動きなどのストレスが損傷した靭帯にかかり続けたことで、固く骨のようになってしまったのではないかと言われているそうです。

怪我の原因はWG杯か?

日本代表としては実質的に2014年のブラジルワールドカップ以降、殆どの試合に出場していない内田篤人選手。その後満足なパフォーマンスを取り戻せなかった原因は、2015年に手術を回避して出場を決断したW杯での無理がたたった結果といわれていますね。

結局、膝を庇いながら3試合を戦い抜いたブラジルW杯でも思うようなパフォーマンスを発揮できず、その後ヨーロッパのチャンピオンズリーグでも出場し続けたことが靭帯骨化を早めたのかもしれないですね。
このときの無理がなければ、もっと長く活躍できたというファンの声は耐えないですね。

 

現役時代の活躍

今回14年の現役生活にピリオドをうつと発表した内田選手の現役時代の活躍を振り返ってみましょう。

2006年
清水東高から鹿島に加入。1年目の開幕戦でスタメンに抜てき、主力に定着。
2007年~2009年
鹿島のJリーグ3連覇に貢献。
2008年
北京五輪代表に選出。国際親善試合チリ戦で19歳でA代表デビュー。
2010年
ドイツ1部シャルケへ完全移籍、主力右サイドバックとして活躍。南アフリカW杯代表メンバ選出。
2011年
欧州チャンピオンズリーグ4強入り。
2014年
ブラジルW杯代表メンバー選出
2017年
ドイツ2部ウニオン・ベルリンに完全移籍。左太ももの肉離れもあり2試合の出場のみ。
2018年
鹿島アントラーズ復帰。
2020年8月
現役引退を発表。

 

14年半の間に、ドイツ1部で104試合、J1で147試合、日本代表で74試合に出場しています。怪我と戦いながらの現役生活お疲れさまでした。
今後海外の経験や怪我からの復など苦労を生かして、指導者としての姿に期待したいですね。